手作りを沢山して、子供と楽しみたい。


by ransun
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しょっちゅう土砂降り ♪しょっちゅう雷 キュルケゴール先生

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最近やたら、雨降りが続いてますよね。
雷だって半端無い☆
不思議な天気だ。

今日は、バレエママと元バレエママとで、お茶しました。
前はしょっちゅう顔合わせて居たのですが、ばれえ辞めちゃったので、久々でした。
幼稚園からなので長い付き合いです。

このメンツはバレエ無しでも、これからも集まれそう。先日コメントくれたヒロママは、欠席。

皆幼稚園も一緒だったので(真ん中娘)、お互い大きくなったよねってカンジ…です。

話は変わってキミの友達K君のブログ…うつくし世は夢、夜の夢こそまこと    の価値。無価値。の エントリーを見て、ちょっと前に読んだ、死に至る病 byキュルケゴールを思い出した…と言ってもマンガですが。

でも中身は興味深くて印象に残るものでした。

キュルケゴールは、人間の生き方を突き詰めて二つに分けた。
ひとつは感性的な生き方。それは官能的な生き方を求めて、日常の表層的な部分だけで自分の人生のすべてを占めようとする刹那的な生き方だ。それは、個人の主体性が薄れ自分自身をコントロール出来なくなる

そして外側にあるものに流されるがままになる。
本来自分を見失うなんて絶望するしかない状態だ。
この絶望の感覚は自分をさらに刺激の中に埋没させて無意識の中に押し込める。
その事で自分自身に無責任になるという問題が起こる。外の影響のせいにしてしまうのだ。

そこに生まれたもう一つ生き方は、倫理的な生き方だ。それはひとはいかにして生きるべきか。

即ち自分の本質について内省する生き方。
そして、この生き方は誠実な意志による飛躍で感性的な生き方から抜け出すことをめざしてる。
自分自身に関わる全責任を引き受け、意識的な決断で世界と関わっている自分のあらゆる可能性の中から自分の正しいと思うもの自分を選ぶ。
私は私自身の意志で私になるのだ。

世界は偶然的なものだから先なんて判らない…

そんな色んな状況の中の結果の自分で認められるか…

本当の絶望は、正に人間の本質…
自分自身の自己を見失う事…
キュルケゴールの言う「死に至る病」とは、自己が自己である責任を放棄してしまう病であり絶望。
その絶望とは、自分が自分自身を選ばないこと…自分が望む自己であろうとしないこと。

そして人間が本当に絶望しきった時に訪れるのが死…
自己を失う事は肉体的な生命が無くなるより恐ろしい。精神の死こそ本当の死

キュルケゴールは絶望を三つのタイプに分けた。ひとつは、自己の本質を知らない絶望。自己の本質を知ってる絶望の内の、本来的な自己になろうとしない絶望と、非本来な自己になろうとする絶望…変化を恐れ自分を忘れるふりをしたり、自分自身に引き込もり心を閉じる事。結果肉体的な死も意識してしまう。

もしくはー他者は自分を傷つけると思い込み憎悪の中自分以外のすべてを攻撃したいと思う、被害妄想テキな反抗型の絶望…この逃避型と反抗型の自己の本質を知ってる上での絶望こそ真の絶望なのだ。

キュルケゴールの語る絶望からの突破口は、精神レベルの高い生活を送ること、信仰による飛躍しかない。自分自身を信仰する。認める。そのためにはー自分の価値を創造する…自分の価値で自分の世界を作り出す。

人は自分を見失ってしまいそうな膨大な時代の流れの中でも前を見据えて歩くのだ。よりよい自己実現を目指すため自分の全存在をかけて実存する自分の人生すべてと闘う…これこそが、キュルケゴールが貫いた実存主義なのだ。




キュルケゴールは1813年生まれの哲学者だ。

なんか凄いでしょ…
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by ransun | 2009-07-13 12:58 | 子育て